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浜松市北区に伝わる「遠州大念仏」
浜松市のベッドタウンとして不動産開発が進んでいる浜北区。一方、遠州大念仏(えんしゅうだいねんぶつ)は浜松市浜北区を中心に近隣の市町で広がった念仏供養で、今もその伝統を引き継いでおり、静岡県の無形文化財にも指定されています。
そもそもの由来は、武田信玄と徳川家康が戦った「三方ヶ原の戦い」といわれています。このいくさは、現在の浜北区三方原町近辺で元亀3年12月22日(1573年)に起こりました。信玄の上洛途中での合戦といわれ、徳川軍1万1千、武田軍2万5千の軍勢が戦い、武田軍が勝利したといわれていますが、浜松城に逃げ帰った家康が、犀ヶ崖(浜松城より北に1キロ)に陣取る武田軍に夜襲をかけ、崖に敵陣を追い落としたと伝えられています。
やがてその戦いのあと、犀ヶ崖から声が聞こえるとか、悪いうわさが絶えなかったため、宗円というお坊さんが崖の上に祠を建てて念仏供養をおこないました。信心深い徳川家康は,宗円の供養を知り、宗円に葵御紋付き九条の袈裟を与え,また,毎年7月13日から15日まで大念仏をおこなうよう布告しました。このお墨付きにより、遠州大念仏は三葉葵を使うことを許されています.
このエピソードが今に語り継がれ、各地域にある70余りある組が、毎年7月のお盆の夜に初盆の家を回って太鼓や鐘などにあわせて念仏踊りを披露します。
大念仏の団体は、必ずその家の手前で隊列を組み、統率責任者の頭先(かしらさき)の提灯を先頭にして、笛・太鼓などの音に合わせて行進します。そのほかの役を含めると総勢30人を越す大所帯。
一行がすべて庭先に入ると、音頭取りに合せて念仏を唱和し、太鼓を勇ましく踊りながら打ち鳴らし、供養を行うのです。
由来の舞台となった犀ヶ崖近くには、その昔死者の霊をまつった宗円堂というお堂があり、今は犀ヶ崖資料館となっており、毎年7月15日に三方原合戦の死者の供養として、遠州大念仏が行われています。
犀ヶ崖資料館
浜松市中区鹿谷町25-10
053-472-8383
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